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JAMSTEC KR21-11 深海色のインク_KatsunobuYoshida

深海色のインクとクレヨン

2021年夏。JAMSTEC50周年記念企画に参加させていただけることとなり、わたしたちは「採泥試料を用いたインク生成」、無人探査機「かいこうMK-IV」で海底に文字を書いてもらう「文字描画実験の実施」と「研究船”かいれい”のフィールドワーク」という自主企画を携えて乗船することにしました。船上では、文章では書き切れぬほどの多くの体験がありましたが、ここでは、その乗船・航海の日を振り返りながら、後述の「Foraged Colors」の技術を活かして「採泥試料を用いたインクの生成」を試みたプロセスを紹介したいと思います。

わたしたちは、山形県大江町を拠点にして、採集・デザイン・超特殊印刷を行う小さなデザイン事務所営んでいます。本業のかたわら、2020年ごろより宮城県仙台市で染織工房を営む吉田の母とともに海や山から採集した素材で「色」をつくるプロジェクト「Foraged Colors」に取り組んできました。庭や裏山で枝葉や木の実を「採集」することに始まり、吉田の母が専門とする草木染めの技術を応用して染液から顔料を作り、顔料をメディウムに混ぜて印刷インクを作る試行を続けています。乗船が決まり自主企画を考える中で、この「Foraged Colors」で開発中の技術をつかって、海での体験をあらわすような(思い出すような)「色」をつくってみよう考えました。

乗船前日、わたしたちは清水港に近い興津の街に入り、沿岸の国道沿いや旧東海道を散策しました。普段、里山のふもとに住んでいますので、海辺の街の景色はいつもと全く違ってとても新鮮でした。植生、魚介加工の看板、旅館から見える海の色、停泊する大きな船の色、陽光まぶしい街なみ、その昔要人たちの別荘地として賑わった余韻を感じさせる街には、波の音が聞こえなくとも「海」の気配がそばにありました。
翌日、まだ陽ものぼりきらない早朝に集合場所の埠頭に向かいました。出迎えてくださったJAMSTECの増田さんとごあいさつ、そして旧知の乗船クリエイターとの久々の再会にしばし感動にひたりました。というのも、新型コロナウィルスの感染拡大に対する対応策がまだ確立していないような社会状況でしたので、現実世界の対面となるとなかなかハードルがある時世だったのです。

「かいれい」に乗船すると、重厚な大きな船の内部は油の匂いが漂い、低いエンジン音が響いていました。船内を歩くと、階層ごとに色分けされ、自分が今どこにいるのか位置を把握できるようになっていることに気がつきました。万が一の時の安全面を考慮した色の計画・設計なのだろうと想像しました。船のデッキに出ると、眩しい空の青、穏やかな波と群青色の海、鮮烈な船の色、「かいこう」の黄色が目に飛び込んできます。全ての物という物の色が明瞭でした。

船内を探索するうち、かいれいが着水しました。深海へ潜っていくようすをモニターごしに観察します。実験のために照射ライトを一時的に消すと、海中は真っ暗でした。明瞭な色は、陽が届く世界のことだと知ります。ふたたび照射ライトを点灯し、海底へともぐっていくと鮮烈な色のエビやイカ、クラゲがモニターを横切りました。海上の世界に引けを取らないコントラストです。色は光と切っても切れぬ関係だと、体感をもってまざまざと認識しました。
そうこうしているうち、モニターには山形の冬の吹雪のような風景が映っていました。この光景を“マリン・スノー”と呼ぶそうです。ロマンチックな響きのそれは、プランクトンの死骸や糞がある程度どの大きさに凝集して落ちてゆく沈降粒子と知りました。
海底に着くと、あちらこちらにヒトデがコミュニティーをなしているかのようでした。深海で採泥などのサンプル採取のほか、様々な実験を行う様子を眺めていると、時折、煙のように舞う海底の泥が視界を悪くします。動きをとめ、落ち着いたらまた動く、の繰り返し。制限時間がある中で、操縦士のみなさんが巧みにマニピュレーターを操りどんどんと実験を進めていきました。

採取したサンプルは、船内のリサーチラボで観察を行いました。海面付近で採取した海水を電子顕微鏡で覗くと、さまざまな形状の無数の有孔虫の姿が見えました。まるで夜空のような光景でした。海底で採取した泥には、ヒトデの姿もあります。ダークグリーングレイ色の泥には、有機物が含まれていると教えてもらいました。ときに臭いこともあるということでしたが、今回の泥はそれほどにおいを感じません。指の指紋に入り込むような細かな粒子だったので、顔料になりそうだと思いました。泥サンプルの取扱方法を教えてもらい、一部を提供いただきました。

後日、自宅の工房で「採泥試料を用いたインクの生成」実験を開始しました。
まずは吉田の母に深海の泥を粒子のサイズに応じていくつかの段階にわけてもらいました。顔料化のための重要なプロセスです。特別な機械をつかうことなく家庭の台所をラボとして、顔料化を進めていきます。(ここは我々のプロジェクトでも大切に考えているポイント。毎日の暮らしの延長線上にサイエンスがあり、ものづくりがあり、表現があります。)濾過の過程では、石灰質の殻が出てきました。よくみると小さな海の生き物のようです。想像以上にたくさんの生き物があちらこちらに存在しています。
50μmほどの粒子に揃えた泥を乳鉢でさらに粉砕し、膠などと配合し「色」を確かめます。
筆で描いてみると……、駿河湾の海底で見た、あの「ダークグリーングレイ」があらわれました。市販の黄土と比べてみても特徴ある色です。蜜蝋とあわせて、クレヨンの出来上がり。Foraged Colors独自のエコロジカル素材をつかったメディウムと調合し、インクづくりも試みました。メディウムと深海泥をよく練り合わせていくと……、かいこうが採泥した瞬間の「色」があらわれました。海底泥のあのなんとも言えない色です。濡れていて、つややかでマットな色。ためしに航海のプロジェクトNo.「KR21-11」と文字をプリントしてみました。

この色をつかってプロジェクトアニュアルを印刷したり、Tシャツにプリントしたり、グッズをつくることができたらおもしろくなりそうです。各地の海底の色を採集してみるのもきっと楽しいでしょう。

駿河湾の海底泥からつくったこの「色」なんと呼ぼうか……、あの日の思い出とともに想像を膨らませています。

 

吉田勝信 / 稲葉鮎子
https://www.ysdktnb.com/ https://foragedcolors.com/
採集者/デザイナー/プリンター。山形県を拠点にフィールドワークやプロトタイピングを取り入れた制作を行なう。近年の事例に海や山から採集した素材で色をつくり、現代社会に実装することを目的とした開発研究「ForagedColors」や「超・特殊印刷」がある。

PROJECT : KR21-11 / JAMSTEC×3710Lab / JAMSTEC50周年記念事業
BORDING DATE : 2021.07.19-07.20

 

 

駿河湾の深海の色_KatsunobuYoshida

 

深海色のインク_KatsunobuYoshida