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スケッチ_マリンスノー(かいこう潜水中)_Sakura Koretsune

心に深海が宿った夏

2021年7月の航海を思い出しながら、手元にある7枚のハガキ大の色鉛筆画を見返している。よく晴れた凪の中に停船した「かいれい」では「かいこう」を潜水させる作業が行われていた。私は陽の当たる甲板と船内のモニター室を行き来しながら、形を変える波紋、鮮やかなオレンジ色のかいこうが青い海に沈む様子、マリンスノーの形の様々を見つめながら、色鉛筆でスケッチをした。絵を描くことはより意識的にものを見ることであると思う。写真とは異なる形で、印象に残ったものを描きとめた絵を見返すと、その瞬間に美しさを感じた波紋のきらめきや太陽の暖かさまでもが鮮明に思い出される。

KR21-11の航海で、私は絵付けした数枚の陶板を沈める実験を行った。海中での色の変化と、絵の見え方の変化を知りたかった。水深200mを超える海は「深海」と呼ばれる。そこから先は太陽光の届かない世界で、陸の上なら植物たちが絶えず行う光合成も不可能となる。太陽光には赤、橙、黄、緑、青、紫といくつもの光が混ざっていて、重なり合うと白い光になる。深海に近づくほど光は吸収されて見えなくなり、最後まで残るのは青だという。

海に沈めても壊れない素材として陶を選んだ。難破船から流出した陶磁器が数世紀もの時を超え、形や美しさを保ったまま海中から発見される様子も頭の片隅にあった。白い粘土を平らに伸ばし、赤、青、黄色、黒の陶芸用の絵の具で着色し、ガラス質の釉薬をかけて焼いた。色の変化を比べやすいよう、カラフルなさざなみをイメージした模様を描いた。深海の世界を想像しながら、海底に沈んだ骨や、海面を泳ぐ人や海獣などの絵も描き加えた。

陶板はかいこうのバスケットに結束バンドで固定され、潜水した。深海に向かう途中、モニターに映し出されたマリンスノーの様子は忘れがたい。生物の死骸だけでなく、粘液や体の一部などが混じり合って織りなす光景。生きているものもそうでないものも、海の中では分かつことのできない連なりとなり、混ざり合っている。

かいこうの引揚時に陶板の見え方の変化を観察した。水深約200メートルのあたりから暗闇の中にぼんやりと白くその形が見えてくる。そこにあるはずの色は全てモノクロの濃淡に見えた。青と赤を見分けることは難しく、黄は白に混じってしまうようだった。周りの水は段々と沈んだ黒からあざやかな青に変わっていった。絵の色の違いが見え始めるよりも早く、太陽光の反射に陶板全体が飲み込まれていった。

この夏の航海は、私のその後の制作にも影響した。しばらくして発表の機会があったインスタレーションでは、海底の「鯨骨生物群集」をイメージして暗闇の中で蛍光色の糸を使い、鯨の全身骨格を作った。その周りには様々な鯨の物語を光る刺繍の絵で表現し、マリンスノーのように散らばせた。

KR21-11の航海で様々な海の研究や活動の話を聞きながら、一人ひとりが世界を知るさまざまな方法を持っていることに心が躍った。私は作品を作り続けることで、あの深海を思い続けている。
 

是恒さくら
https://www.sakurakoretsune.com/
広島県呉市音戸町出身。
美術家。リトルプレス『ありふれたくじら』主宰。
2010年 アラスカ大学フェアバンクス校リベラル・アーツ・カレッジ美術学科絵画専攻卒業 学士(美術)/Bachelor of Fine Arts: Painting。2017年 東北芸術工科大学芸術工学研究科修士課程デザイン工学専攻地域デザイン領域修了(優秀賞)。2018年-2021年 東北大学東北アジア研究センター 災害人文学ユニット 学術研究員。
2022年10月より「文化庁新進芸術家海外研修制度」にてノルウェーにて活動。

PROJECT : KR21-11 / JAMSTEC×3710Lab / JAMSTEC50周年記念事業
BORDING DATE : 2021.07.19

 

 

鯨を解き、鯨を編む」 提供:せんだいメディアテーク
「鯨を解き、鯨を編む」 せんだいメディアテーク開館20周年展「ナラティブの修復」( 2021年 )
提供:せんだいメディアテーク / 撮影:小岩勉

心に深海が宿った夏
写真 : 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)
写真 : JAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)50周年記念企画 KR21-11